ゲド戦記名言・名セリフまとめ!命の意味やハイタカやテルーの言葉を解説

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ジブリアニメ2006年公開のゲド戦記で、「生きる意味」や「命」「死」に関して、「心の闇」についても普段あまり意識していないことを、考えさせられるセリフが数多くありました。

主人公のアレン、ヒロインのテルー、父親のようなハイタカ、3者とも誰かと1対1で対峙するときに、命の尊さを相手に諭しています。

ストーリー上のセリフの中には、難解な言い回しで、理解に苦しむセリフも含まれていますが、「人は何のために生きるのか?」と、視聴者に問いかけている作品でもあると思います。

そこで今回は、ゲド戦記における名言・名セリフを独自の視点でまとめてみます。



ゲド戦記ハイタカの名言

ハイタカがクモの城に乗り込んで、アレンと対峙したときにハイタカがアレンを諭すために発した言葉ですが、この作品の意図として、いのちの大切さや生きる意味を伝えるシーンで、考えさせられることも多かったシーンです。

ではそれぞれ、紐解いてみます。

 

死と再生の繰り返しこそが命の根幹

  • 死と再生の繰り返しこそが、命の根幹なのだぞ。

生まれてきて子孫を残し死んでいくことが、人間だけではなく生物のサイクルであり、命の根幹なのだと、改めて気付かされる言葉でもあります。

 

死を拒絶することは、生を拒絶すること

  • 不死は生を失うことだ。死を拒絶することは、生を拒絶することなんだぞ。

引用元:ゲド戦記

永遠に生きることなどできないのだから、死を拒絶することなどできない。

それは、生きることすら拒絶することになる。ということに他ならない。

ということですが、誰しもわかっていることですが、普段あまり考えない方が多いのではないでしょうか。

 

この世に永遠に生き続けるものなどありはしない~

  • この世に永遠に生き続けるものなどありはしないのだ。自分がいつか死ぬことを知っているということは、我々が天から授かった素晴らしい贈り物なのだよ。わしらが持っているものは、いずれ失わなければならないものばかりだ。

引用元:ゲド戦記

誰しも生まれてきた以上、100%死ぬのは誰しもわかっている。それが当たり前であっても、普段はあまりそれを意識していない、または意図的に目をそらしている人も多いのではないでしょうか。

物語上、魔法を使えば永遠に生きることができる設定であるが、現実にはそのようなものはあるわけがなく、誰しも死は訪れる。

家族・友人はもとより、財産や所有物など、死ぬときにはあの世に持っていくことなどできない。

その時は、必ず手放さなければならない、と。

わかっていても日常に追われていると、忘れていることでもあり考えさせられる一幕でもあります。

また、ハイタカの声優として務めた、故菅原文太さんの威厳のある言い回しや声質で、説得力も増した印象です。

 

ゲド戦記テルーの名言

「命の大切さ」に関しては、アレンとテルーが再会したときに、まず先に言葉を発していました。

その後、ふさぎこんでいたアレンに対して、「生きること」とはどういうことかを、説いていたシーンは印象的で、作品の意図として伝えたかったことのひとつではないでしょうか?

 

命を大切にしないやつなんて大っ嫌いだ

  • 命を大切にしないやつなんて大っ嫌いだ。

引用元:ゲド戦記

テルーとアレンが再会したときに牛舎でテルーが発したセリフですが、街でアレンがテルーを助けたときに狂暴なアレンを垣間見たテルーは、結果として助けてもらったことよりも、人質として捕まっているときに、「やれよ」と言われたことにショックを受けたのではないでしょうか。

アレンが怖がっているのは死ぬことじゃない。生きることを怖がっている

  • 死ぬことがわかっているから命は大切なんだ。

 

  • アレンが怖がっているのは死ぬことじゃない。生きることを怖がっているんだわ。死んでもいいとか、永遠に死にたくないとか、そんなのどっちでも同じだわ。一つしかない命を生きるのが怖いだけよ。

引用元:ゲド戦記

「人はいつか死んでしまう。命を大切にできるのか?終わりが来ることがわかっていても、それでも生きていかなければいけないのか?」

と、アレンがテナーに問いかけた答えなのですが、

うつのような状態になっている少年が、すぐに覚醒することは現実的にはありえないと思いますがが、「生きることを怖がっている」というのを、テルーはズバッと指摘したことで、目が覚めるきっかけとなりました。

 

命は自分だけのもの?私は生かされた。だから生きなきゃいけない~

  • 命は自分だけのもの?私は生かされた。だから生きなきゃいけない。生きて、次の誰かに命を引き継ぐんだわ。そうして命は続いていくんだよ。

引用元:ゲド戦記

親に酷いことをされて捨てられたテルーは、テナーに拾われ恩義を感じ、本来なら死んでいてもおかしくないところを助けてもらって、生きさせてもらっている。

だから、命は自分だけのものではなく、周囲の大切な人のためにも生きていかなければいけない。

そして子孫を残し命をつないでいくことを、テルーはアレンに伝えました。

年齢的に中学生くらいの少女が言う言葉として、説得力もあり、個人的に特に印象に残ったシーンでもあります。



ゲド戦記アレンの名言

いつも不安で自信がない。自分の中にもう一人自分がいるみたい

  • ダメなのは僕の方さ。いつも不安で自信がないんだ。なのに時々、自分では抑えられないくらい狂暴になってしまう。自分の中にもう一人自分がいるみたいなんだ。

引用元:ゲド戦記

不安で自信がないから、それを隠すために去勢を張ったり、狂暴になる…。

特に若いときは誰しもそのようなことがあるのではないでしょうか。

「狂暴になる」ということは、今の言い方で「キレる」ということですが、『自分の中にもう一人自分がいるみたい』というのは、キレるところまでいかないまでも、共感を得るシーンですね。

 

アレンの心は不安で、心の闇は大きくなった…

アレンの心は不安でいっぱいだった。その心を喰らって、心の闇は大きくなった。

心の闇は体を奪って逃げ去ってしまった。共にある者を置き去りにして。

闇と共にあるもの、それは光。その光が体を求めて彷徨う陰になってしまった。

引用元:ゲド戦記

物語上、心の闇が「影」という分身になり、本人の体を離れてその分身に怯えるという構造ですが、心の闇を抱えた少年が、少女に出会い光を取り戻すシーンは、少しダークなストーリー展開が続いたあと、ラストに力強く生きていく少年の姿が描かれており、勇気づけられる終幕となりました。

心の闇は、

  • 結局その人にしか解決できない
  • 誰と出会うかで大きく左右される

ということも、合わせて伝えたかったのかもしれません。

 

自分が生かされていることを忘れている

  • 他の人が他者と言うことを忘れ、自分が生かされていることを忘れているんだ。死を拒んで生を手放そうとしているんだ。

引用元:ゲド戦記

アレンもクモと対決しているときに、少し前までふさぎこんでいた人物とは思えないほど、ラスボスのクモに、生き方として間違っていることを指摘します。

ここでは、「自分が生かされていることを忘れている」というところでしょうか。

その前後の言葉は、意味がよくわかりませんが、「自分一人で生きているわけではない」ということを、逆説的に言いたかったのではないでしょうか。

「人は一人では生きていけない」「生かされているからこそ生きなければならない」との意図が伝わってきます。

 

まとめ:ゲド戦記には生きる意味や生と死について心に残る名言がある

最後にまとめると、

ジブリアニメ「ゲド戦記」には、「生きる意味」や「生と死」、「命の尊さ」について考えさせられ、普段の日常生活で忘れている大切なことを改めて意識する、気が付く作品です。

制作年が2006年と15年以上前になりますが、今でも色褪せないクオリティーがあり、主人公のアレンにV6岡田准一さんが初の声優、ヒロインは新人の女性を抜擢し、有名俳優や女優が主要キャストの声優を務めたことで、当時は酷評する意見もあったようです。

ラストシーンも同様に、急にこの展開は何??と思えるようなところもありましたが、「生きる意味」「生と死」を考えるきっかけとなる作品として捉えると、上記の名言・名セリフは、心に残る素晴らしい映画といえるのではないかと、個人的には思います。

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